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エザの惜別

[エザノセキベツ]

統一暦984年にカタ・エザの邸宅でアストインバーグの第4代皇帝アカネ・ヤヨイが自身の協力者であった視線を持つ者を殺害した事件。
その事件に至った原因がはっきりしないため様々な憶測を呼んでいる。

事件の経過

事件の当日、カタ・エザの邸宅においてマ・ミ・シュアン討伐の会議が行われていた。アカネが反逆者の見せしめのために強硬な策を取ることを主張したが、視線を持つ者はそれとは逆に争わずに交渉によって解決すべきだと主張した。
ふたりの意見は平行線をたどり容易に解決に至らず、会議は3日間続いた。
その間にもマ・ミ・シュアンはアカネを挑発するかのように襲撃を繰り返していた。
アカネはマ・ミ・シュアンの討伐を決定すると即座に行動しようとしたが、それを視線を持つ者が止めた。激怒したアカネはそのまま視線を持つ者の首をはねた。
その場にいた重臣が驚く中、何事もなかったようにアカネはマ・ミ・シュアン討伐へと向かった。
マ・ミ・シュアン討伐が完了すると、アカネは自身の手で視線を持つ者を殺害したことを公表。例え、協力者であっても国に害なすとみなした者には容赦をしないことを宣言した。
視線を持つ者がいなくなった影響が少なくないのではと思うものは多く軍部を中心にアストインバーグ国内は一時期混乱しかかるが、アカネのそれまでと変わらない態度にすぐに落ち着きを取り戻す。
元々視線を持つ者が表立って現れていなかったために一般の国民にはそれほどことの重大さが伝わらなかったことも混乱に至らなかった原因のひとつにあげられている。
いずれにしろ、それまでと変わらないアカネの態度は、アカネの真の能力の高さを認めさせるものになった。
事件後、視線を持つ者を失ったことをアカネは惜しんでいたようで、エザ邸の近くに小さい霊廟を建てて、事あるごとにそこを訪れていたという記録もある。

様々な憶測

事件が起こるまでアカネと視線を持つ者の間に大きな揉め事はなかったことや意見の対立自体は頻繁にあったことから様々な憶測があげられている。
特に有名なのはアカネ入れ替え説と狂言説である。
アカネ入れ替え説は視線を持つ者によってアカネが別の誰か、もしくは視線を持つ者自身に入れ替えられたとする説で、そのことが明らかにならないように視線を持つ者が仕組んだとする説である。
もうひとつの説は狂言説である。視線を持つ者の能力を評価する者は多かったがそれ以上に23体の魔の者のひとりであることに恐れを感じている者の方が多く、それを払拭するために表舞台から完全に姿を消すためにアカネと視線を持つ者が仕組んだとする説である。
ふたつの説ともに根拠とされるのが後のアカネの態度が変わらなかったことである。
こういった憶測とは別に、アカネが47歳という年齢で病に倒れ、亡くなった事から、そのあっけない最期から視線を持つ者の呪いのせいではないかという者もいた。


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