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アラト論

[アラトロン]

統一暦500年頃に生まれた創世神話のひとつである三人の王の物語が実在したものだとする学説のひとつ。ガスティン派論を否定するために考えられた。
ガスティン派論が存在することを証明することが出来ないことは存在しないものと同等だというのに対して、存在しないことを証明することが出来なければ存在するものと同等だという逆説を唱えるもの。
しかし、三人の王の物語を信じる者にとってはそういった議論すら意味がないという意見が多く。この反対の意見をはじめに唱えた学者同士が単に仲が悪かっただけという事もあり当初は両方の論理とも相手にされていなかった。
統一暦1500年頃に流行った懐古主義的な歴史評価で見直され、それ以後は一定の評価を受ける。統一暦2012年に説時原論マイセウス・リンドウの著書であることが分かり評価が高まると、それに伴い三人の王の物語にも注目が集まり再度アラト論も注目されるようになる。

時代背景

統一暦500年頃ゼオ・ラシニにより三人の王の物語が実在しないものとするガスティン派論が唱えられると、ゼオと仲の悪いウェーニ・ピエトラは対抗してアラト論を唱える。ガスティン派論では三人の王の物語が実在することを証明できる証拠は何一つない。すなわち存在しないものと同等であり、それは存在しないことを意味するというものである。これに対してアラト論は真逆の論理を唱える。アラト論は三人の王の物語が実在しないことを証明できる証拠は何ひとつない。すなわち存在していると同等であり、それは存在していることを意味するというものである。
この当時三人の王の物語を否定するということは考えられなかったことであり、ガスティン派論は危険な思想と見られる向きがあった。しかし、アラト論がすぐに発表され、この話題が仲の悪い二人の学者の争いというみかたをされるようになると両方の意見共に相手にされないようになる。
この二人が仲が悪かったことは事実のようであるが、ウェーニがゼオを守るためにわざわざバカらしい論理を打ち上げたという説もある。ただし、これはウェーニを過大評価しすぎという意見もある。

懐古主義的な歴史評価

統一暦1500年頃になると古い時代の歴史の研究についての調査が活発になる。この当時古い物に価値観を見出すことが流行っており、懐古主義的な歴史評価と言われることがあった。この懐古主義的な歴史評価が流行るとアラト論、ガスティン派論共に見直されることになる。ゼオ、ウェーニ共に世間の評価を気にすることなく自身の論理の正しさを証明しようとしていたことが明らかになったためである。アラト論では三人の王の存在の証拠として洗礼の宝具のすべての存在を明らかにしようとしていた。全部で17個あったといわれる洗礼の宝具の存在を推論し、その内3つまでは存在を確認していた。更に5つは後の世で現れた場所とほぼ一致していた。その当時まだ存在が不明な洗礼の宝具もあったことからその的中率には驚異的なものがあった。
ちなみにガスティン派論でも存在を否定する証拠をいくつも提示している。これにより両方の理論ともにそれ以後一定の評価を受ける。


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