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マニュー・キケ

[マニュー・キケ]

統一暦301〜370年
ポストマーズの研究者。古代王国の遺跡の調査、発掘で多くの功績を残している。

生い立ち

両親はポストマーズが建国される以前から、マギク大陸中央部に住んでいた者たちであった。幼い頃、ポストマーズが建国されると支配を恐れ北上していく、マギク大陸にあるいくつかの古代王国の遺跡を転々としていくが、ポストマーズが北部へ進出した事に伴い、北上を諦め、ポストマーズに従うことになる。
この幼い頃に古代王国の遺跡を転々としていた経験から、ポストマーズの古代王国の遺跡を調査する者たちの道案内をするようになり、これがきっかけで次第に遺跡自体に興味を覚えるようになり、後に調査団の一員として活躍するようになる。
マニューが最も評価されたのが、探究心の強さである。理屈的な事を突き詰めるのではなく、そこにある物をただ追い求めていく姿が結果を生み出していた。

研究者として

統一暦341年、ロマーズが建国されると、更に古代王国研究が盛んになると、マニューはそれまでの実績を買われ、遺跡探査の重要な役割を担う事を期待されるようになる。
この頃、アデトーギ神殿が発掘されている。マニューはアデトーギ神殿の調査を任される事になる。マニューは魔法士を中心としたキケ隊を設立し調査に赴いている。
この調査はかなり大掛かりに行われ、マニューとキケ隊はアデトーギ神殿が作られた目的や内部にあった遺物の発見など多くの成果を上げている。
この事がロマーズが魔法文化を発展させる初期の大きな出来事のひとつとされている。そのため、このアデトーギ神殿の調査がマニューの一番大きな功績として知られている。

晩年

60歳を過ぎ、一線を退いた後も研究者としてマニューはひとりで、遺跡を探索する旅に出かけていたという。マニューの好奇心は年老いても衰える事は無く、大きな発見としては記録に残されていないが、ムアミタンの塔など小規模ながら歴史的に価値のある発見をいくつかしている。

関連年表

統一暦301年:マニュー・キケ、生誕。
統一暦370年:マニュー・キケ、死去。


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